title:オヤジからのキラーパス

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Feeded by morning star
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先の日曜日、自転車で西荻窪に行ってきた。西荻窪は大学時代に住んでいた思い出深い街である。しかし、ゆっくりとこの街を訪れるのは卒業してから初めてのことだった。当時は、同郷の友人2人と6部屋ある安アパートの3室をそれぞれ借りて住んでいた。今は友人二人とも故郷で暮らしているが、そのうちの一人とメールで近況を報告し合ううちに、「あの懐かしい西荻窪を見てきてほしい」と頼まれ、行ってきた次第である。

すっかり縁遠くなっていた西荻窪の街だが、自転車で来てみると案外近い。家を出て1時間半ほどで懐かしい駅前に到着。
駅前
露地
一見すると駅前は、あの頃と全く変わっていないように見える。が、一歩駅前の路地を入ると、雰囲気が一変していた。呑み屋が軒を連ねていたあたりはまるごと建て替えられ、1階にはおしゃれな店舗が入り、上階はマンションになっていた。

アケタの店
さらにその奥に進んだところにあるライブハウス。当時でも十分に古ぼけた建物に入っていただけに、いまだにこの建物とこの店が残っているとはちょっと意外だった。頑張ってる。

駅前通り
稲荷
駅前から続く商店街も、よく見てみるといろいろと変わっていることに気付かされる。そんな中にあって、通りの途中にあるお稲荷さんの鳥居とその脇の八百屋さんは今も健在だった。人参1本、じゃがいも1個から売ってくれるこの八百屋さんは一人暮らしの身にはとても重宝な存在だった。そういえばあの頃は、野菜は八百屋、肉は肉屋で買っていた。駅に入っているスーパーではほとんど買い物をした記憶がない。

銭湯
通っていた銭湯も今はない。マンションに建て替えられ、併設されたコインランドリーだけがここが銭湯であったことを偲ばせる。近くの路地を入ったところにあった3人が住んでいたオンボロアパートも、こぎれいな建物に建て替えられていた。貧乏学生ではとても住めそうにない。

戎
友人と毎晩のように飲んでいた、中央線高架脇の路地。当時2軒あった焼鳥屋の「戎」は、その後、この通りだけで4軒に増えていた。ある時、ある事件があって「戎」を出禁になって以降、代わりに足繁く通った店も、今では4軒ある「戎」のひとつになっていた。居抜きで買い取ったか、借りたようで、表から覗いた店内の様子は通い詰めたあの店のままだった。金がなくて店の前を素通りしようとして店主のオヤジさんに呼び止められ、ただ酒をご馳走になった思い出がふと甦る。故郷の新潟で釣ってきたという鮎を焼き鳥台で焼いてふるまってもらったこともある。うまいものを食わせ、うまい酒を呑ませて、人の喜ぶ顔を見るのが好きな気のいいオヤジさんで、とてもかわいがってもらった。なのに、なぜ、この街を、あの人、今まで訪ねてこなかったのだろう。結局は、就職して新しいこととの出会いにあふれる毎日に流され、お世話になった大切なものを振り返る余裕もない大馬鹿者だったのだ。不覚にも涙しそうになる。

当時同じアパートで過ごした友人に、西荻で撮った写真を送信する。懐かしさと喪失感が入り混じった複雑な思いは友人も同じようであった。いつの日か、あいつとまたこの街で呑みたい。

西荻窪 2015.04.26(SUN)

走行距離:68.96km 走行時間:4時間12分 平均時速:16.4km/h



Feeded by morning star
【2015/04/30 22:35 】 Pottering | コメント(0) | トラックバック(0) |












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