title:オヤジからのキラーパス

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Feeded by morning star
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現在上映中の映画「パヒューム~ある人殺しの物語」の原作「香水」を読んだ。物語は18世紀のフランスにある類い稀なる才能を持った男が生れ落ちるところから始まる。その才能とはこの世のありとあらゆる匂いを嗅ぎ分けること。男はこの世のものすべてを匂いによって認識した。やがて男はその天分を生かし、天才調香師として自在に匂いを操るようになる。その彼がある日、至高の匂いに出会う。それは一人の少女が発する匂いであった。その匂いへの焦がれるような思いが、彼を殺人へと駆り立てる。彼は少女と同じ匂いの持ち主と出会うたびに、少女たちを殺めていく。至高の匂いを自らの手で創造するための「原料」を採取するために…。

彼にとっては、生身の人間もひとつの匂いに過ぎなかった。同時に彼自身にはまったく匂いがなかった。匂いこそが存在の証しであり根源である彼にとって、それは自らの存在の無を意味していた。物語の根底には、そうした主人公の生に対する関心の希薄さと自己の喪失感が基調として流れている。そのことが、ともすれば荒唐無稽になりがちな奇想天外なストーリーを、きちんとした読み物として繋ぎとめている。俗な結末に行き着いてしまうのでは…と思わせるラストも危ういところをスルリと抜けて、鮮やかに立ち消えていく。丁度、上品な香水ように、余韻という痕跡を残しつつ、跡形もない。久々に出会った不思議な読後感の残る作品だった。ちょっと違うのだが、あえて言うならロアルド・ダールやヘンリー・スレッサーの作品を読んだ後に感じるような奇妙な充足感があった。


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【2007/04/18 16:42 】 Books | コメント(12) | トラックバック(0) |

昨日、用事があって都内某所に出かけた。その近くには有名な老舗蕎麦屋がある。そこで俺は、昼食を抜いて、用件を済ませた後にその店で蕎麦をたぐりながら一杯、というよからぬ計画を立てていた。

ところが、である。とっとと用件をやっつけて老舗蕎麦屋に行ってみると、これがあろうことか定休日…。しかし、気分はすでに「蕎麦屋で一杯」モードである。仕方なくあたりをぶらついてみると、何とおあつらえ向きに蕎麦屋があるではないか。俺は一も二もなくその店に飛び込んだ。店内には誰もない。午後ののんびりとした蕎麦屋の風情を独り占めである。老舗蕎麦屋には振られたが、これはこれでよいではないか。早速、お新香と板わさ、天ざるを注文。もちろん日本酒を1本つける。

最初に運ばれてきたお新香と板わさで日本酒をやる。お新香も板わさもあまりよろしくない。が、それはまだ些細なこと。何よりも酒がまったく駄目である。何とも頼りない味がする。念のために原材料を見てみると、米、麹、醸造用アルコール、糖類、酸味料と添加物てんこ盛りのくせに、実に薄っぺらな味がする。こいつは今ではめったにお眼にすることのできない三倍醸造酒か…?と嘆きつつも、さらに1本追加する。

しばらくして天ざるが運ばれてくる。天ぷらもひと目見て期待できないと分かった。ぽってりとした衣を無理やりカラッと揚げようとしたのか、分厚い衣の端のほうが茶色くこげている。覚悟を決めた上で口にしてみる。予想通り、焦げた香りが口の中に広がる。それでいて中は火の通りが悪くべとついている。まずい天ぷらをまずい日本酒で無理やり胃の中に押し込む。こうしてなんとか、つまみと日本酒をやっつけて蕎麦にありついた。

蕎麦の方は更科系の蕎麦らしく、白っぽい上品な色をしている。蕎麦屋は蕎麦を食わせるところである。肝心の蕎麦がうまければ文句はあるまい。どうやら蕎麦だけは期待できそうである。

蕎麦をたぐり、蕎麦つゆにちょこんとつける。ズズズッと一気にすする。う~~~~~ん。…うん?まったく蕎麦の香りがしない。こいつは1割蕎麦か?それとも香りの飛んだ蕎麦粉を使ってつなぎの小麦粉を多めにあわせるとこんな風味に仕上がるのか。とにかく今までに口にしたことのない、極力蕎麦の気配を消した蕎麦であることだけは間違いない。きっとこの蕎麦屋秘伝の調合の賜物なのであろう。まるで、コシのない細うどんを食べているような蕎麦、と言ったら細うどんに失礼か。おまけに蕎麦つゆがまたすごい。醤油と味醂をそのまま水で薄めたものと大差ない。とんでもない蕎麦に出会ってしまったものである。

このような蕎麦屋が老舗蕎麦屋から2、30mしか離れていない場所で存続できていること自体が不思議である。そういえば途中で入ってきた2人の客が注文したのは、カレーうどんとかき玉うどん。数日後の出前の予約に来た客が注文していったのが、十数人分のカレーライスと親子丼だった。この蕎麦屋では蕎麦以外のものを頼むのが王道なのかもしれない。

こうして老舗蕎麦屋を訪れるつもりだった俺は、その対極にあるといってもいい蕎麦屋を体験することになってしまったわけである。悲惨ともいえる経験だったが、何故か俺の中には、怒りも後悔もなかった。それどころか、店を後にした俺はささやかな幸福感に包まれていた。つまみがいまいちだろうか、酒がまずかろうが、蕎麦がとんでもなかろうが、そんなものは些細なことではないか。まだ外が明るいうちから徳利を傾け、ゆっくりと一人で酒を呑む、その行為だけで俺にとっては大きな贅沢である。いやあ、小さいなぁ、俺って。



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【2007/04/13 12:44 】 Foods | コメント(12) | トラックバック(0) |

俺が毎日通勤で利用している路線は混雑率が高いことで知られている。当然のように朝夕のラッシュ時には、乗客の乗り降りに時間がかかる。そのため慢性的にダイヤが乱れ、「お急ぎのお客様には大変ご迷惑をおかけしました」というアナウンスを日常的に聞かされることになる。混雑による停車時間の増大を織り込んでダイヤ編成をすればよさそうなものだが、そういう知恵は持ち合わせていないらしい。その通りには運行できない無理なダイヤを組んで、毎日のように遅れを出しているわけである。頭の悪い電鉄会社である。

幸いにも俺の通勤時間はラッシュ時を少し過ぎている。乗り慣れない早い時間帯に利用するときにはYahooの路線経路検索で到着時刻をあらかじめ調べておくようにしている。だが、この検索結果を信じては大事な打ち合わせに遅刻するなど、何度も痛い目にあっている。もちろん悪いのはYahooではない。頭の悪い電鉄会社が組んだダイヤを無防備に信じた俺が悪い。ラッシュ時にはあの路線にダイヤは存在しないというのは、利用客にとって半ば常識である。

今朝もいつものようにその路線を利用してターミナル駅に降り立った。ホームにあるベンチが紙で覆われ、利用できなくなっていた。覆いには「故障」と大書されている。そういえばこの路線では、車両故障やポイント故障なども頻発する。それでベンチまで故障か。「ベンチが故障」。俺にとってはあまり馴染みのない日本語だが、まあ、多分「ベンチが破損」したんだろうと理解した。ベンチもさることながら、この路線の場合、肝心のダイヤが「故障」している。



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【2007/04/10 19:17 】 Diary | コメント(12) | トラックバック(0) |

関東地方ではここのところ気温の低い日が続いている。おかげで今年は桜の花の持ちがいいと聞くが、さすがに見ごろは過ぎた感がある。あと数日もすれば、枝々にともる薄紅はそのほとんどを新緑に取って代わられるのだろう。

桜の季節になると決まって思い出す風景がある。それは中学校の入学式の日のことだった。その日、新入生はまず校庭に集まり、そこに張り出されているクラス分けの表を確認して、自分の教室に集合することになっていた。

俺の中学生生活は遅刻から始まった。学校に着いたときには、新入生で溢れているはずの校庭には誰の姿もなかった。俺は、折からの春風にあおられた花吹雪の中で一人立ち尽くしていた。薄紅に染まった空間は現実感が希薄で、遅刻してしまったことすら自分には関係のない出来事のように思えた。真新しい詰襟の制服の肩に、花びらが降り注いでいた。眼の前に広がる無人の校庭がやたらと広く感じられた。誰もいない校庭に、俺だけがいた。誰もいない校庭に、花びらだけが乱舞していた。その幻想的な風景に俺は心を奪われていた。とても幸せで、何故かとても不安だった。

「○○君かね?」。気が付くと一人の教師が傍らに立っていた。時間になっても教室に姿を見せなかった俺を心配して探しに来たのだろう。「君は3組だよ」。俺は教師に連れられて自分の教室へと向かった。後ろを振り返ると、校庭を囲む桜木を背景に、桜の花びらが舞い続けていた。あれほどの圧倒的な花吹雪は眼にしたことがない。



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【2007/04/05 12:14 】 Old Days | コメント(18) | トラックバック(0) |

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