title:オヤジからのキラーパス

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Feeded by morning star
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先週末に我が少年サッカーチームの公式戦が行われた。この大会は来年度の主力選手同士で戦われるもので、新チームのゆくえを占う上でも重要な試合であった。

開始早々、我がチームは押し気味に試合を進めるが、肝心なところでのミスもあり、結局同点のまま前半を折り返すことになった。ハーフタイムに相手のサイドが手薄なのを指摘し、そこを使って攻めるようチーム戦術の確認をする。

後半が始まってまもなく、その狙いが実を結ぶ。中盤でボールを奪ったH君がサイドに展開し、左サイドを駆け上がったR君が中央へ折り返す。そのボールを我が息子がゴール前に飛び込み押し込んでゴール!絵に描いたようなサイド攻撃が見事に決まった瞬間だった。

ところが…、である。試合終了間際、つまらないミスから同点に追いつかれる。大会規定では前後半を終わった時点で同点の場合は、延長なしですぐにPK戦が行われることになっている。こういう展開の場合、追いつかれたほうがどうしても心理的に不利になる。ベンチも、応援席も、嫌な雰囲気に包まれたまま、試合はロスタイムに突入する。

が、子供たちは諦めていなかった。またも左サイドを崩しにかかる。そこからゴール前へクロスが上がる。これをI君がヘディングで折り返したところへ、またもや我が息子が…!ジャンピング・ボレーシュート!!これが見事に相手ゴールに突き刺さった。と、同時に試合終了のホイッスルが鳴る。これ以上ないくらい派手で、劇的な決勝点である。これには、ベンチ、応援席のみならず、試合を見守っていた他チームの選手や父兄からも驚嘆の声が上がる。

親馬鹿ではなく、あれは文字通りスーパー・プレイであった。斜め後方から来たボールを、しかもボレーで、それもジャンプしながら決めるというのは、相当の技術がなければできないプレイである。一瞬、息子が「大空翼」に見えた。いや、本当に。ワールド・クラスと言って何なら、コミック・クラスのスーパー・プレイである。そんなプレイを我が息子がやって見せたわけである。まぐれで…。

試合後、いつものグラウンドに戻って、他学年の練習に顔を出した。話が伝播するのは早いもので、他のコーチから声をかけられた。「D君が、すごいシュートを決めたそうですね。いやぁ、見たかったなぁ」。俺ははっきりと言っておいた。「いや、二度とは見られないと思います」。

この試合、息子はそれまでに3度の決定的チャンスをことごとく外していた。もし、あのまま試合がPK戦に突入していたら、彼は間違いなくA級戦犯になっていたはずだった。そんな状況の中で、あんなまぐれが飛び出すなんて、なかなか悪運の強い男である。

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【2007/01/29 13:43 】 Kids & Kids' Football | コメント(8) | トラックバック(0) |

先日、とあるところで人を待っていた。隣のブースでは、若者とおじさんが何事かを言い争っている様子。俺は、勝手に耳に入ってくるその話を聞くともなく聞いていた。パーテーションの向こう側では、若者が感情的な強い口調で喋り続けていた。しかし、その内容は熱弁とは裏腹にあまりにお粗末なものだった。本人はまっとうなことを話しているつもりらしいが、あんなに頭の悪い話しっぷりに出会ったのは久々である。きっと何らかの理由で、思考が停止状態にあるか、知性が破損してしまったのだと思われる。

こぼれ聞こえてくる話から推測すると、どうやら、カルト宗教にはまって周囲に対して強引な勧誘を繰り返している若者が、それを諌めようとするおじさんと口論しているようである。口論というよりも、若者が身勝手で論理性を欠く話を一方的に展開している。おじさんがその矛盾点を指摘しようとすると、「人の話は最後まで聞けよ。途中で口を挟むなよ。俺にちゃんと話させろよ」の一点張りでそれを封殺する。

俺がその場を離れたときも、まだ不毛な話し合いは続いていた。その後その会話ならぬ「怪話」がどのようにして収束したしたのかは分からない。とてもではないが、何らかの結論が得られるような話のあり方ではなかった。

きちんとした知性や感性、論理性を持った人との会話や議論はそれなりに面白いものである。それがたとえ、相手が自分とは異なる意見の持ち主であったとしてもだ。しかし、ヒステリックに吠えるだけの阿呆とは、コミュニケーションは成り立たない。素性の知れないところで仕入れてきた言葉や概念を自分の脳みそを通過させずにただ吐き出すだけの奴と会話や議論をすることは不可能だ。俺が顔をいつも出す横丁の例の店なら、そんな輩は一発で叩き出されるに違いない。もちろん叩き出すのは、俺ではないが…(笑)。



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【2007/01/26 13:19 】 Diary | コメント(8) | トラックバック(0) |

人並みに夢を持ったことがある。夢と言えるほど大げさなものでもないが、ぼんやりと「こんなものになれたらいいなぁ」、「こんなふうに生きられたらいいなぁ」と思い描き、憧れたものがいくつかあった。たとえばそれは、次のようなものだった。

自動車運転手
これは正確に言うと「なりたかったもの」ではないのかもしれない。そもそも「職業」とか「仕事」とかの概念がまだ明確ではなかった幼稚園児の頃に夢想したことだ。「車を運転してみたいと思っていた」ぐらいの感じかな。当時の俺は、自動車とはハンドルを動かすエネルギーを増幅して走るものだと思っていた。真っ直ぐな道を走っていて、父親に「ハンドルを動かしていないのに、どうして車が動いているの?」と聞いた記憶がある。

プロ野球選手
父親の実家に帰省した時に、祖母に「いっぱい勉強しなさい」と言われて「僕はプロ野球選手になるけん、勉強はせんでもええんや」と言った記憶がある。そんな俺に、昔教師をしていた祖母は「プロ野球選手やら誰もがなれるわけやないんやけん、しっかり勉強せないかんよ」と言った。勉強をして、いい大学に入れば、いい生活ができるという神話が、まだリアリティを持っていた頃の話だ。俺には、ちゃんと勉強するよりも、プロ野球の選手になるほうがずっと簡単なことのように思えた。

探偵
小学校の卒業時に将来の夢として「探偵になりたい」と書いた。もちろん素行調査などを生業とするような探偵ではない。ホームズとかポワロのように、難事件を明晰な頭脳で見事解決する、いわゆる「名探偵」になりたかったのだ。当時はアポロが月面到達という偉業を成し遂げた直後で、男子のほとんどが「宇宙飛行士になりたい」と書いていたのを覚えている。とにかく、皆と一緒というのが気に食わなかった。というか、何も考えずにとりあえず皆と同じように「右へ倣え」するという行為が嫌だった。仲のいい友達には「絶対に、宇宙飛行士って書くなよ」と言って回った。

プロ・フットボーラー
中学に入ってフットボールを始めた。その頃日本にプロ・フットボールは存在していなかったので、イングランドか西ドイツでプロ選手になることを想定していた。この頃、俺にとってのアイドルは、マンチェスターUのジョージ・ベストというウイング・プレーヤーだった。彼は「5人目のビートルズ」とか「初めて女性を競技場にひきつけたフットボーラー」と呼ばれた、当時を代表するセックス・シンボルの一人だった。長髪をなびかせながらドリブルで切り込んでいく姿は、とにかくセクシーだった。ちょうど色気づいた頃だったから、彼のように世界的規模でモテたいという大それた夢を抱いていたのかもしれない。

作家
いろいろなエッセイや私小説風の作品を読んだが、俺は人と違ったところばかりを読み取っていたのかもしれない。そんな歪んだ読書のおかげで、俺の中にはえらく歪んだ作家像が結ばれていった。つまり…。いつも酒を呑んでいる。やたら旨いものを食っている。比較的簡単に借金ができる。その借金を律儀に返す必要はない。女に眼がない、だらしない。生きている合間に仕事をすればいい。自堕落な生活を送っていても批難の眼で見られない。良心の呵責さえ感じていればそれで許される。傲慢にして小心者…etc. 作家になって何かを表現したかったわけではない。ただ、そういうふうに暮らせたらいいなぁと身勝手なことを考えていただけである。


こうして書いてきて改めて思うが、俺は何かになりたいと夢見ながら、それに向けて具体的な努力をしたことがない。何もせず、ただ、いたずらに夢想していただけだった。可能性を求めて尽力するのではなく、無為に過ごすことによって自らの可能性を狭めながら生きてきて、結局今いるところに流れ着いてしまったという気がしないでもない。俺はそういう輩がいちばん嫌いだ。




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【2007/01/19 16:58 】 Old Days | コメント(10) | トラックバック(0) |

俺の友人の一人に、行方不明になっている者がいる。

彼とは同じ高校に通ったのだが、親密になったのは大学に入学してからのことだった。高校時代まではむしろ目立たない存在だったその彼が、大学入学後から急にモテはじめた。決して二枚目とか美少年というタイプではなかったのだが、俺たち男には分からない、女性の琴線に触れる何かがその頃の彼に芽生えたのかもしれない。

大学卒業後、彼は一流大企業に就職し、大阪の支店に配属された。彼のモテ人生はかの地でも続いたようで、ほどなくして会社でも美人と評判だった女子社員を射止め、華燭の典を挙げた。披露宴で見た新婦は、可憐で男に尽くす女性に見えた。まさに、彼が好きなタイプの女性だった。

次に彼に会った時にはその奥さんと別れて、二人目の奥さんと結婚していた。相手は彼が担当していたお得意先の令嬢だとのことで、やはり最初に結婚した女性とどことなく似た雰囲気があった。再婚後、彼は会社を辞めて義父に出資してもらって会社を興した。彼が東京に出張に来る度に呼び出され、数人のクラブのホステスと一緒に食事をし、同伴で店に入り酒を呑んだ。テーブルにはスコッチのボトルと並んで弁当箱のように大きな携帯電話が乗っていた。

しばらくして、2人目の奥さんとも別れて3度目の結婚をしたと風の噂に聞いた。3度目ともなると、正直言って「またか…」と思った。その頃から彼と俺の間に行き来はなくなっていった。

最近、ある友人の口から久々に彼の名前を聞いた。その内容は俺にとって、いささかショッキングなものだった。その友人の話によると、彼は3度目の結婚の後、いろいろな事業に手を出したが、そのどれもがうまくいかなかったという。そして、資金繰りに困ると友人に頼み込み、次々と借金を重ねていったらしい。中には俺の常識では考えられないような相当な額を貸した友人もいるとのことだった。話を聞くと、彼が興した事業とはどこか怪しげで、中には明らかにネズミ講と思われるようなものもあった。それに融資したとなると、貸した方もある意味自業自得である。そして、彼は友人数人に多額の借金を残したまま姿をくらまし、今も行方不明とのことだった。

高校時代の、どちらかというと地味なイメージの彼からは想像できないような、その後の人生である。中学時代から彼を知るその友人は、やはり大学時代に彼の転機があったのではないかと言う。思い当たる節がないでもない。その頃、彼の中で何かがカチリと音を立てて外れたのかもしれない。




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【2007/01/18 13:12 】 Old Days | コメント(4) | トラックバック(0) |

今週月曜日は、成人の日だった。いかにも着なれていない振袖やスーツ、袴を身に纏った若者をたくさん見かけた。どの顔も一様に幼く見える。俺が二十歳の頃はこんなじゃなかったのになぁ、と思いつつ彼らを眺め、遠い昔に思いを馳せる。あ、いや。そういえば、俺も十分幼かったか…。

今から20数年前の成人の日。俺は悪友たちと連れ立って、夜の街に繰り出した。成人の日を迎えたことがうれしかったわけではないが、とにかくこの日ばかりはいろいろと大目に見てもらえそうな気がして、ドンちゃん騒ぎを繰り広げるつもりでいた。ま、うまくいけば同じ成人仲間の女の子とお友達になってやろうという下心もなかったわけではない。もちろん、俺ではなく一部の悪友の中に。

「お兄さんたち、どう?3,000円ぽっきりで呑み放題。かわいい女の子がいるよ」。この言葉に下心満々だった悪友の1人がひっかかった。「振袖姿の女の子とお友達になるより手っ取り早いし、3000円じゃん」。この手の店の、しかも、こうして呼び込みのいるところのいかがわしさは十分感じていたのだが、いかんせん、実際に行ったことはない。「いいじゃん。とにかく1回行ってみようぜ」という悪友の言葉にみんなが引きずられるように、フラリと入店してしまった。

ま、後のことはお約束通り。かなり昔に「女の子」だった女性たちに出迎えられ、下卑たジョークを肴に、まずい酒を呑まされた。で、お会計はもちろん3,000円ぽっきりではない。そんな金は持ち合わせていないと言うと、有り金全部おいて行けと言う。その夜は、みんなタップリ呑む気でいたので、手元にはいつもより多い現金があった。しかし、ここでその金を吐き出す気は毛頭ない。みんな、さもそれが有り金のすべてだというふうに金を出す。「もっと出しなさい」。「もうない」。そんなやり取りの末に、俺たちはやっと店を出ることができた。俺はといえば、成人の祝いに親からもらった図書券を足して勘弁してもらった。おかげで現金被害は一番少なくてすんだ。図書券で呑み代を払ったのは、後にも先のもこのときだけである。

キャッチにひっかかった悪友を責めながら表に出ると、通りではサラリーマン2人組が先ほどの呼び込みを責めている。「ふざけんな、このオヤジ!何が3,000円ぽっきりだ!ええっ!」。どうやら俺たちと同様にボラれた客が、呼び込みを吊し上げているらしい。つまらない散財を強いられて頭に来ていた俺たちも、すかさずサラリーマンに加勢する。結局、俺たちは呼び込みに金を返すことを約束させ、再び店へと向かうことになったのだった。

エレベーターの扉が開く。呼び込みが店の奥へと駆け込む。後を追い、サラリーマンがエレベーターを降りる。それを出迎えるように、ひと目見てその筋の方と分かるお兄さんたちが立ちはだかる。「酒呑んでおいて、何か文句あんのかぁ!こるらぁっ~!」。あっという間に、拉致されるサラリーマン。俺たちは、必死になってエレベーターの「閉」ボタンを連打した。

その後、かのサラリーマンたちがどうなったかは、知る由もない。というか、想像はつく…。こうして20数年前の成人の日、俺はありがたくないお勉強をして、ひとつ大人になったのだった。まったくもって、幼かった…。



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【2007/01/10 16:55 】 Old Days | コメント(8) | トラックバック(0) |

人と話をするときは、できるだけホンネで語ろうと思っている。しかし、俺も社会の一員でいる以上、いわゆるタテマエで話をすることもなくはない。本来はホンネを口にしたいのだが、世の中にはタテマエで済ませておくほうが、面倒くさくないということが多々あるからだ。そもそも、ホンネで語り合えて、理解し合える相手というのも、それほど多くはいない。

たとえば、俺があまり快く感じていない人に関して、その人物評を問われたとしよう。「まぁ、いい人じゃないですか」。もちろん、これはタテマエである。ここでいきなりホンネを語って、波風を立てる必要はない。これで話が終わってくれれば、万々歳である。ところが、相手も同様にその人物を快く思っていない場合、さらにホンネを探る会話が続くことがある。「でも、あの人って、少し偏屈なところないですか…」。話の相手は、明らかにホンネ・トークを迫っている。しようがない。ホンネを小出しにする。「まあ、そういう面もあるかもしれませんね」。「でしょう?けっこう頑固で、融通が利かないと感じることがありますよね」。はいはい。俺もいわゆるホンネを晒すことになる。「ホントのところを言うと、私も少し苦手ですね」。ここにいたってようやく、相手は俺のホンネが聞けたと納得してくれる。

しかし、である。ホンネにはまだ奥がある。正直に言うと、俺にとっては「そんな話、どうでもいい」。これが本心であったりする。世の中、案外、ホンネとタテマエだけじゃないのかもしれない。このブログ、今年もできるだけ「本心」で語っていくつもりである。




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【2007/01/05 16:10 】 未分類 | コメント(8) | トラックバック(0) |

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