title:オヤジからのキラーパス

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Feeded by morning star
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今年の3月13日からはじめたこのブログ。以来、これを含めて145の記事をUPしてきた。よくもまあ、こんな拙い文章を恥ずかしげもなく晒してきたものだと思う。

よく、文章には書く者の人となりが表れるという。そういった意味では、これまで書き連ねてきた駄文にも、俺という人間が反映されているのだろう。拙く、面白みに欠け、深みがないのも、いたしかたないのかもしれない。

「恥ずかしいことに」と書くべきなのか、「うれしいことに」と言っていいものなのか、半世紀近くを生きてきていながら、俺はいまだにまっとうな大人になりきれていないと思う。その分、これからもまだ人間的な伸びしろがあるのではないかと安易に信じ込んでいる。

今年も、数え切れないほどの思い出と杯を重ねてきた。そのひとつひとつが、いい経験であり、それが未成熟な俺の糧となった。今年一年、多少なりともかかわりのあった方々すべてに、この場を借りてお礼を申し上げたい。

ありがとうございました。そして、来年もまた、よろしくお願いします。皆さん、どうぞ、よいお年を!

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【2006/12/28 11:49 】 未分類 | コメント(10) | トラックバック(0) |

クリスマスなので久々に家族で外食に出かけようということになった。いつもなら、子供たちに人並みにクリスマス気分を楽しませてやろうと、普段よりほんのちょっぴり贅沢な夕食をつくるのだが、今年はその暇もない、手間も面倒くさい、ということで、外で食べることにした。贅沢というよりは、手抜きのための外食だ。

まずはイタリアンの店に電話をしてみる。あいにく、予約でいっぱいだとの返事。まあ、クリスマス当日とあっては、いた仕方あるまい。これをきっかけに、店選びがクリスマス気分を味わうという目的から、純粋に外食を楽しむという方向へぶれ始める。結局選んだのは、とある居酒屋での夕食。決してお洒落な店ではない。カウンターにテーブル席が3つ、その奥に座敷があるだけの、こう言っては失礼だが小汚い店である。しかし、この店は旨い魚を食わせるのだ。下田から直送される魚の刺身は、どれも新鮮でぷりぷり。他の料理も例外なく、旨い。しかも、安い。うちの近所では、俺のいちばんのお気に入りの店だ。ただし、クリスマスらしさは、微塵もない(笑)。

旨い刺身を食べながら、熱燗を口に運ぶ。お気に入りメニューのマグロの唐揚げにかぶりつく。焼酎のボトルをキープして、飲み続ける。しっかりと甘辛く煮付けられたあら煮にむしゃぶりつく。白身魚の揚げだし、自家製さつま揚げ、握り寿司、潮汁…。どれも旨い。ネギトロ巻きにいたっては、よくあるマグロのすき身にネギを混ぜたものではなく、本当にトロの刺身を巻いてある。で、1本280円。こたえられない。結局、家族4人でたらふく食べて、飲んで、1万円と千円札がちょっと。魚の質の高さを考えると、よその店なら倍近い値段をとられても不思議ではあるまい。

これには、家族みんなが大満足。いやぁ、レストランならぬ居酒屋でのクリスマスも、捨てたものじゃない。クリスマスにかこつけて、いちばん楽しませてもらったのは俺かもしれない。



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【2006/12/26 13:38 】 Foods | コメント(10) | トラックバック(0) |

午後の会議開始まで少し時間があったので、昼過ぎに小さな外出を楽しんだ。近道するために、公園を通り抜けようとするとベンチに一人の男性の姿があった。それはうちの会社で時々見かけるOA機器だか何かのセールスマンだった。

歳の頃は50代後半といったところか。時々、総務のご機嫌伺いに顔を見せる彼は、過剰ともいえる営業用笑顔とやもすると媚を感じさせるような馬鹿丁寧な口調が印象的だった。それらの物腰は、長いセールスマン生活の間にすっかり彼の身に馴染んでしまったものなのであろう。

だが、今日見かけた彼は、俺が抱いていた印象とはまったく違う雰囲気を身に纏っていた。そこにいたのは、営業用の笑みと口調を削いだ一人の生身の男だった。ポツンとベンチに腰掛けた彼の姿にはどこか哀愁すら漂っていた。精神的に無防備でいるときにふとこぼれ出る、人間という存在そのものの物悲しさを感じさせた。

彼が手にしていたのは競馬予想紙だった。明後日の有馬記念の予想でもしていたのだろうか。「当たるといいですね…」。俺は心の中で呟きながら、ベンチの前を通り過ぎた。



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【2006/12/22 16:57 】 Diary | コメント(4) | トラックバック(0) |

ひと頃から、いい男の表現として「ちょい不良オヤジ」なる言葉が流通している。月刊男性誌『LEON』が提唱するいい男像だ。イタリア男性を手本に、高級ブランドの服を着崩し、細かい小道具にまでこだわって、小僧には真似のできない大人を追求する中年男性のことらしい。まったく、笑わせてくれる。ま、俺が言っても、ひがみにしか聞こえないだろうが、笑わせる。

女性ファッション誌を読み漁り、必死に蝦ちゃんを模倣する女性に「いい女」がいるだろうか。それと同じだ。そもそも、『LEON』を教科書に「モテ男」になろうという姿勢そのものが、すでにいい男失格であろう。その心根自体が、いい男の本質から最も遠いと思うのは俺だけか。自分の身の丈を知り、それとうまく折り合いをつけて、つつましく自分らしく生きている男の方が、よっぽどいい男ではないか。いい男であるための素養とは、雑誌に指南を受けて身につくような、薄っぺらなものではないと思うのだが。

悲しいかな、俺が言ったのでは、やっぱりひがみにしか聞こえないんだよな…(笑)。



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【2006/12/21 15:27 】 Diary | コメント(10) | トラックバック(0) |

今やっている仕事の資料だといって、書類を渡された。コピー用紙で400枚弱。厚さにして4、5cmはあろうか。これに眼を通すのかと思うだけでうんざりする。そもそも長すぎる会議と同様、多すぎる資料には無駄が多い。たいていの場合、必要なのはそのほんの一部分に過ぎない。

これは会話にも当てはまるかもしれない。意味のない言葉に意味のない言葉を重ねて意味のないことを喋る輩の何と多いことか。さもすると、延々と続く長舌に我慢して耳を傾けたあげく、結局は中身が何もなかったり、何を言わんとしているのか分からないことすらある。

それに対して、呑み屋での無駄話。こいつには案外無駄が少ない。いい呑み屋では、いい無駄話が繰り広げられる。こういう無駄は、必要である。



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【2006/12/19 16:50 】 Diary | コメント(12) | トラックバック(0) |

先日、子供の学校で個人面談があり、家人が担任の先生と話をしてきた。話によると息子は「宿題を提出しない」「持ち物を忘れる」「人に優しすぎる」らしい。人に優しすぎるというのは、どうやら人に対して寛容であまり怒ることがないので「そのうちにいじめの対象になってしまうのではないかと心配だ」という意味らしい。ま、人に優しいのであればいいではないか。

困るのは、宿題を出さなかったり、忘れ物が多いということだ。のんびり屋さんの息子らしいといえば息子らしいのだが、これはどうにかして直してもらわなければいけない。悪いことに、忘れ物をしても友達から借りるなどして本当に困った事態には陥っていないらしい。一度痛い目に会えば、本人にも自覚が生まれるだろうに、何とかなってしまっているところが性質が悪い。

しかし、どうしてこんなところばかり親に似てしまったのだろう。いったいこんな調子で将来立派な社会人になれるのであろうか。親に似たとしたら…、あ、なれないじゃん!



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【2006/12/15 19:03 】 Kids & Kids' Football | コメント(6) | トラックバック(0) |

数日前から、いつもオフィスの清掃をしてくれていたパートの女性の姿が見えない。歳の頃でいうと、俺の母親ぐらいであろうか。その彼女がいなくなってしばらくの間は、清掃会社の正社員と思しき男性が清掃に来ていた。今日からは、パートと思われる違う女性が清掃に来はじめた。単に担当が替わっただけなのか、あるいは彼女が仕事を辞めてしまったのか、その実情は知る由もない。

彼女の働きぶりは、いわゆる「掃除のオバサン」の仕事を超えた実に誠実なものだった。目立たないような場所の、それもさほど気にならないような汚れを丁寧に落としている彼女の姿を幾度も眼にしたことがある。少し席をはずして戻ってくると、机の上の灰皿がきれいになっていることもたびたびあった。それも単に吸殻を捨てただけではなく、灰皿までもピカピカにしてくれていた。「ありがとうございます」と礼を言うと、ほとんど聞き取れないような小さな声で「いいえ」とだけ応えるのが常だった。たまに会社近くの路上で、出勤前や勤務後の私服姿の彼女を見かけることもあった。挨拶をすると、必ず立ち止まって小さく会釈を返してくれた。その身なりは質素でありながら品がよく、仕草と相まってとても可憐に見えた。

どこにでもいそうな、まさに「市井の人」といった感じの人だったけれど、実際にはこういう人はなかなかいないものである。



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【2006/12/11 22:44 】 Woman | コメント(6) | トラックバック(0) |

昨日今日と、随分冷え込んだ。先日、眼の再検査のために病院に行ってきたが、内科や小児科の窓口はかなりの人であった。ここへきて、風邪をひいている人が増えているようである。

我が家では、風邪をひくと決まって生姜湯を飲む。蜂蜜とすりおろした生姜をお湯で割ったものである。これを飲むとカラダがとても温まるし、喉が痛いときには特に効果的である。これはこれで手っ取り早くできていいのだが、意地汚いことに、酒呑みは風邪のときでも酒を呑みたがる。風邪を引いたときに呑む酒といえば、卵酒が代表的なものだろうが、あいにく俺はそれが苦手である。というわけで、そういうときにはホットワインをつくって呑んでいる。

そのレシピはこうである。用意するものは、ワインとレモン、シナモン、グローブ(丁子)、生姜、好みによってはナツメグもあってもいいかもしれない。それぞれの分量は…、適当(笑)。スパイスが粉末のものでなければ、シナモンスティック1本とグローブを数本、生姜とナツメグをすったもの、レモンの皮を少々。これをすべてワインに入れ、沸騰しない程度に温めれば出来上がりである。粉末のスパイスを使うのであれば、ワインを温めた後に自分の好みの量を振り入れればいいだろう。使用するスパイスを自分なりに工夫してみてもいいし、レモンの皮の代わりにオレンジをスライスして入れるなど、好みでいろいろなバリエーションがつくれる。

これは、何も風邪をひいたときに飲むだけでなく、普通にカクテルとしても楽しめる。これからの季節、ナイトキャップ代わりに飲んでもいいかもしれない。今日あたり、そんな気分かなぁ…。



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【2006/12/07 19:11 】 Foods | コメント(8) | トラックバック(0) |

今朝、出勤途中の電車の中で携帯が鳴った。不用意にもマナーモードにするのを忘れていたのである。電話は高校時代の友人からだった。今、電車の中で話せないとだけ伝えて電話を切ろうとすると、彼からひと言。「分かった。これだけ聞いてくれ。Tが死んだ」と言って、電話が切れた。

ついにこの日が来たかと思った。Tは高校時代の同級生で、同じように東京の大学に進学し、一緒に夜遊びを重ねた仲間である。その彼が病に犯され、長い闘病生活を送っていることは前々から承知していた。それが、ある友人を介して、余命幾ばくもないと聞いたのは1か月ほど前のことだった。突然の訃報で動揺はしたが、その日がいつか近いうちに来るであろうことは意識のどこかで覚悟はしていた。

むしろ、Tの訃報を聞いて、最初に思い浮かべたのは、別の友人Yのことであった。我が高校の野球部の中心選手だったYとサッカー部に所属していた俺は3年生のときにはじめてクラスが一緒になり、お互いへのリスペクトから、すぐに気の会う友人となっていった。大学に入学してからは、同じアパートに部屋を借り、隣同士で住んでいた。

Tから固く口止めされていた彼の死期を俺だけに知らせてくれたのは、このYだった。実は、そのY自身も長く重い病気を患っている身である。TとYは故郷で闘病生活を続けながら、お互い同じ境遇に置かれたもの同士で頻繁に連絡を取り合っていたようである。Tから死期が近いことを知らされたY自身もまた、自らの生と死を見つめていたであろうことは想像に難くない。Tの死を聞いて、今、彼は何を思うのか。

「今度のメールは、Tの死を知らせるものになるかもしれないな」。それがYから来た最後のメールだった。「そのメールがいつまでも届かないことを祈っている」と返事を書いた。多分、彼のもとへは、真っ先に訃報が届いているはずだが、メールはまだ来ない。




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【2006/12/04 16:39 】 Diary | コメント(6) | トラックバック(0) |

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