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title:オヤジからのキラーパス

ここのところ雨の日が続いている。あれは、今から20数年前。ちょうど今のような秋雨のころのことだった。

当時大学生だった俺は、毎週1回バスに乗ってある中学生に勉強を教えに行っていた。いわゆる家庭講師だ。家庭教師といっても何かを教えるわけでもなく、実際は買ってきた問題集をやらせて、所定の時間が来たら答え合わせをするだけといういい加減なものだった。それでも教え子の成績は見る見る上がっていったのだから、もともと賢い子だったのだと思う。イギリス人だというその子の母親は、成績が上がると成功報酬として月々のアルバイト代に加えてボーナスをくれた。おかげで俺は、学期末ごとにそのボーナスを手にすることができた。彼には感謝しなければいけない。

その日も分厚い雲が雨を落とすのをどうにか持ちこたえている、そんなどんよりとした空模様だった。俺はいつものように、いい加減な家庭教師を几帳面に時間通りに終え、バスの停留所へと向かった。停留所にたどり着くのとほぼ同時に、こらえきれず雨が降り始めた。あいにく傘を持たずに出てきていた俺は、雨を凌ぐために停留所前の材木屋の軒先を借りた。程なく、1台の車がゆっくりと停留所に近づいて来る。車はスピードを落とすと、あろうことか停留所のところで停車してしまった。

運転席がこちら側にあったように覚えているから、たぶん外車だったのだと思う。そこに座っていたのは一人の女性だった。年のころで言うと20代後半か。当時の俺にとっては年上の女性である。「停留所に停車するとは、なんて非常識な女だろう…」と思って、見ていると向こうもこちらを凝視している。「……」。知り合いではない。ここで誰かを待っているのか。雨脚が強くなる。雨の向こう側では、一人の女性が明らかに俺をじっと見詰めていた。

高級車の中で佇む彼女と、跳ね返る雨にジーパンの裾を濡らして立ち尽くす俺。二人はお互いに眼も逸らさずに見詰め合っていた。「いったい何なんだ…?」「まさか…!」。はじめは怪訝に思っていた俺の脳裏に、ある妄想が灯る。「こんな人が?」「ありえない…」。彼女の上品な面立ちに、俺はあらぬ妄想を何度も打ち消す。不意に蛮勇に背中を押されて、思わず雨の中を車へと駆け出しそうになる。が、そのたびに脚がすくんで動かない。

そんな状態がどれくらいの時間続いただろうか。少なくとも5分ということはない。俺には10分、いや15分ぐらいあったように思えたが、定かではない。ついぞ、俺の脚が雨の中へ踏み出されることはなかった。やがて車は来たときと同じようにゆっくりと停留所を離れて行った。後方を見やると、バスが来ていた。

走り去る間際、彼女の眼が「意気地なし…」と言っているように思えた。俺は、ひどく惨めな気分でバスに乗り込んだ。惨めな気分にさせられたのは、もとはと言えば自分が勝手に描いた根拠のない妄想のせいなのだが。

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Feeded by morning star
【2006/09/14 16:36 】 Old Days | コメント(9) | トラックバック(0) |