title:オヤジからのキラーパス

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いつも行くお店が、ママの都合でここ1週間ほど閉まっている。であれば、おとなしく帰宅すればいいものを、どういうわけかこういうときに限って、朝まで呑んでしまったりする(良い子は決してまねをしないように)。先週も行きつけの店の常連さんたちと行きつけではない店で「朝までコース」をやってしまったばかり。それが性懲りもなく、昨夜というか、今朝にかけてまたやってしまった。

最後にたどり着いたのは、20年ほど前に通っていた小さなショーパブ。同行していた後輩とよく行った店である。とある店で呑んでいたときに、後輩が店を抜け出し、その存在を確認してきたのだ。斥候を務めた彼から携帯に報告を受け、ほかの連中とその店に駆けつける。懐かしい…。内装は何度かやり変えたらしいが、基本的なレイアウトはほとんど変わっていない。何よりも驚いたのが、当時店のショーを仕切っていた紅顔の美少年U君がまだ在店していたことだった。その彼も今では40オーバー。「あの頃の面影は残っているね」と言い合いながらも、やはりお互い歳をとったという感は否めない。

当時、店はU君がママの片腕となって切り盛りし、けっこうな盛況を見せていた。彼の企画構成力は、若いにもかかわらず、なかなかどうして、すばらしいものだった。ノリのツボをしっかりと押さえていた。我々は彼が率いるオ○マちゃんのショーを楽しみ、大いに馬鹿騒ぎをやらかしたものだった。俺にとっての、バブル期のバブル期らしい数少ない思い出のひとつだ。だが、往年の面影はもはやない。店ではショーももうやってないと言う。普通の静かなこじんまりとしたパブといった趣である。やんちゃで、機転が利き、客いじりがうまかったU君も、今ではすっかり落ち着いている。

俺たち以外に客のいない店でU君や後輩たちとひとしきり昔話に花を咲かせ、その店を後にした。昔のようにドンチャン騒ぎをやらかすこともない。外に出ると、空はすっかり明るくなっていた。一人で人気のない駅の改札を抜ける。馬鹿騒ぎを繰り広げていたあの頃を懐かしく思い出すのと同時に、ああいう無茶はもうできないなと、ふと思った。

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【2006/08/30 15:47 】 Drinking | コメント(22) | トラックバック(0) |

福岡市東区の「海の中道大橋」で飲酒運転した福岡市職員の乗用車がRV車に追突して幼児3人が死亡した事故。両親が必死の思いで、水没した車に閉じ込められた子供たちを救出したにもかかわらず、幼い命を助けることができなかったと聞く。同じ子を持つ親として、両親の無念を思うと本当に胸が痛む。

この事件では、追突された車が突っ込んだガードレールが、歩行者・自転車用であったことも災いしたようである。しかし、何と言っても、元凶が追突した車を運転していた福岡市職員にあることは間違いない。飲酒運転で事故を起こした上に、一時逃走(つまりは、ひき逃げ)。警察の取調べにも「同乗者はいなかった」と嘘の供述をするなど、言語同断。こんな奴に車を運転する資格などない。しかも、容疑者の父親は地域の消防分団に所属しており、事故当時は息子が引き起こした事故とも知らず、一家5人の救助活動にも加わっていたという。どうしようもない、馬鹿息子だ。福岡市は彼を免職処分とするようだが、当然だろう。福岡県警は、「業務上過失致死傷」と「道交法違反」(ひき逃げ・酒気帯び運転)容疑で逮捕したが、さらに重い罪である「危険運転致死傷」の適用も視野に入れているという。

ところがここへ来てこの事件、思わぬところに飛び火しているようだ。福岡・九州オリンピック招致推進委員会が29日昼に予定していた「決起大会」に加え、国内候補都市に選ばれた場合の「祝勝会」の中止を決めた。容疑者が現在オリンピックの招致を進めている福岡市の職員であったために、「誤解を与えかねない」とのことで、これらのイベントの中止を決定したようだ。市民からは、「この際、オリンピック招致を中止すべきだ」との批判も多く寄せられているという。オリンピックの招致とこの事故は切り離して考えるべき問題であるとは思うが、市民からの理解・協力が得られないのでは、招致運動に大きな支障が出てくることは確かだ。

現在、福岡市は東京都とオリンピック招致の国内候補都市を争っている。願わくば、ライバル都市が巻き込まれたトラブルに、亡くなった3人の子供の両親、関係者の悲しみをよそに、「都合のいいことになった」とほくそえんでいるような輩がいないことを切に祈る。言っとくけど、東京にオリンピックなんていらないからね。東京都民じゃないけど。



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【2006/08/29 15:41 】 News | コメント(4) | トラックバック(0) |

今週末、小学生の息子が、家族のために料理をつくってくれた。といっても、夏休みの宿題のひとつに過ぎないのだが。何でも、料理をつくってそのレポートを提出することになっているらしい。彼がつくってくれたのは、ほんの1、2週間前に参加した子供料理教室で教わってきたキーマカリー。俺の好物でもある。

彼がうろ覚えで覚えていたレシピを大雑把に紹介すると、みじん切りにしたショウガとニンニクを炒め、香りが出たところに玉ねぎのみじん切りを加えて、うっすらと透明になるまで炒める。さらにひき肉を加え、色が変わるまで炒めたらガラムマサラを加えて香りを出し、ホールのトマト缶と水を加えて煮込めば出来上がりということらしい。ま、それなりの味にはなりそうである。

ともかく、レシピがないので彼の記憶力だけが頼りである。そこは彼を信じて、家人と一緒に手伝いを買って出る。彼が「旨かった」というそのキーマカリーをぜひとも我々も食べてみたい。ショウガやにんにく、玉ねぎのみじん切りはフードプロセッサーでとのことだったので、これは俺が代りにやってしまった。フードプロセッサーなど持ち出されたら後片付けが面倒くさい。

こうして夕方から料理づくりに取り組み、あれこれ悪戦苦闘しながら、どうにか遅い夕食にありつけることとなった。さて、その仕上がりの方だが、…、味がない(笑)。息子に味見させてみる。「う~ん、違うな…」。当たり前だ。調味料を何ひとつ入れていないのだから。とりあえず、ブイヨンキューブを加え、塩・胡椒で味を整えてみた。これですこぶる旨いものに仕上がった。申し分ない。息子曰く、「そう、こんな味」。やれやれ。

食べながら息子に質問する。「この間つくったときには、ひき肉を炒めるときに塩・胡椒したり、水を入れるときにブイヨンとかコンソメを入れたりしていなかったか?もしくは、入れていたのは水じゃなくてスープか何かじゃなかったか?」。「う~ん…、そうかもしれない…」。これだよ。このレシピでも十分な旨みが引き出せるんだと、深読みした俺が馬鹿だった。そもそも、これまで我が息子の記憶が完璧だった試しはない。

ま、とにかくこれで彼の夏休みの宿題のひとつがやっと片付いた。その彼は、今ごろ自由研究の課題に取り組んでいるはず。夏休みも残すところあと3日。せめて一度でいいから、ゆっくりと夏休みの余韻を味わってみたいものである。




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【2006/08/28 17:31 】 Foods | コメント(6) | トラックバック(0) |

新宿・歌舞伎町のキャバクラに勤める女性が、希望よりも髪を短く切られたと、美容室に600万円の損害賠償を求めていた控訴審で、東京高裁は約24万円の支払いを命じた1審判決を支持、美容室側の控訴を棄却したらしい。髪形が気に入らないだけで24万円かぁ。いくら容姿が稼ぎに直結するキャバクラ嬢とはいえ、ボッタクリ過ぎやしないかい。美容室に行って、希望通りの髪にならずに泣き寝入りしたことなど、誰にでも一度や二度はあるのではないだろうか。俺の場合はこうであった。

それは俺がまだ20代後半のころ。俺は年末の休暇で当時両親が住んでいた名古屋に帰省していた。大晦日の夕方。何もやることがなくて退屈していた俺は、新年を迎えるにあたって髪をさっぱりとしておくのもいいかと、ほんの気まぐれで美容室へと向かった(ああ、そうだよ。当時は俺も美容室なるところで髪を切っていたんだよ、それが何か? )。もちろん俺自身が一度も住んだことのない名古屋に行きつけの美容室などあろうはずもない。適当に近所の美容室に入った。ところが、だ。美容室は初詣のために髪を結ってもらう若い女性に占拠され、手一杯の様子。俺のところに連れてこられた美容師は明らかに見習いと思われる若い女性であった。いやぁ~な予感…。

彼女では、あれこれ細かい注文を出しても対応しきれないに違いない。俺は難しい注文をつけず、「この前、髪を切ってから1ヵ月半ほど経つんだけど、その間に伸びた分だけカットしてくれないかな」とだけ頼んだ。若い美容師見習いが、覚束ない手つきで髪を切り始める。切る。切る…。しばらくして鏡の中の自分を見て…、あんぐり!おいおい、これのどこが俺の1ヵ月半前の髪なんじゃいっ!ありえんだろう、この髪形は。トップとサイドのバランスが極端に悪い。明らかにトップを切りすぎている。はぁ…。「これ、上切り過ぎたよね…。仕方ないから、このトップの長さに合わせてほかをバランスよく仕上げてもらえる?」。この時点で俺は早くも、希望通りの髪形諦めている。せめて人に笑われないぐらいの髪にはしたい。そうしたささやかな願望があるだけだった。がっ!しばらくして仕上がったという髪は、今度は明らかにサイドを短くし過ぎ。おいおい、これじゃ刈り上げじゃん…!これでサイドに合わせてほかを切ってもらうと…、坊ちゃん刈りになりはしないかい。

頭に来て、最初にその見習いを俺に付けた店長と思しき美容師を呼びつける。彼の顔にも「あ、やっちゃったんだ…」という表情が浮かぶ。だからといって彼の腕をもってしても、短く切ってしまった髪を伸ばすことなどできるはずもない。「この刈り上げたようなサイドに合わせてほかを自然な長さに仕上げていくと、坊ちゃん刈りみたいにならない?」「ああ…、そうなりますね…」「どうするの、え?」「すみません…」。すみませんと言われてもねぇ。「仕方がない。もう、ばっさり切ってくれない。ただし、その彼女じゃなくて、アンタがね。言っとくけど丸坊主じゃダメだからね。その辺のところはアンタに任すから、とにかくヨロシクっ!」。というわけで丸坊主に比べると、トップと前髪あたりに少々ニュアンスのある髪形が出来上がった。こうして俺は、入る前と後でまったく別の髪形となって、その美容室を後にすることとなったのである。

以来20年近く、俺の髪形はそのときのままである。はじめは「また、すぐに伸ばして、いつもの店で前と同じように切ってもらおう」と思っていた。だが、髪が十分に伸びきる前の中途半端な状態がどうしても我慢できない。我慢できずに、切ってしまう。そのうちに、伸ばすことも諦めてしまい、今に至っている。あの大晦日の夜、今にして思えば、俺もあの美容室から24万円ぐらい分捕っておくのだった。

今、俺の髪は前髪のニュアンスを残すことに失敗して、丸坊主に近い感じになってしまっている。しかし、こればかりは自己責任。今では、自分で髪を切っている。




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【2006/08/25 15:23 】 Old Days | コメント(10) | トラックバック(0) |

知り合いのフォトグラファー・暴走さんから、携帯に電話が入った。「今日のパーティーだけどさ…」。おおっと! 失念していた。そういえば今日は、知り合いの映画監督の「応援しようパーティー」が開かれる日であった。

監督の名前は、梁英姫(ヤン・ヨンヒ)。26日から渋谷のシネ・ラ・セットで彼女の初監督作品『Dear Pyongyang』が上映される。映画は、在日コリアン2世である彼女が自身の家族を10年にわたり撮り続けてきたドキュメンタリー作品である。

彼女の父親は、人生のすべてを祖国に捧げる朝鮮総連の幹部であった。30数年前には、3人の兄をいわゆる「帰国事業」で北朝鮮に送り出してもいる。“祖国”の発展を信じ、自らの愛する息子たちまでをも祖国に差し出す父親。彼女は父親のことをこよなく愛すが、彼の祖国に対する絶対的な忠誠心だけはどうしても理解することができない。映画は、こうした父親と娘の離別と再会、そして和解を描いたものであるという。北朝鮮、離別した家族、在日コリアンの世代間に横たわるの価値観の相違。こう並べると、映画がすごくシリアスで重たいテーマを扱っているように思われがちだが、彼女の言葉を借りると決してそうではないらしい。そこに描かれているのは、あくまで温かくておおらかな家族の情景であるという。

俺はまだ実際に作品を見ていないので、内容について詳しくコメントはできない。しかし、この作品が『ベルリン国際映画祭 最優秀アジア映画賞』をはじめ、『サンダンス映画祭 審査員特別賞』、『スペイン・バルセロナ アジア映画祭 最優秀デジタル映画賞受賞』など数々の映画賞を受賞していることからも、単に北朝鮮と日本という特殊な関係下におかれた特別な家族を描いたものではなく、そうした背景を知らない人たちにも通じる、普遍性を持った家族愛が描かれているのに違いない。

26日には、映画の公開と同時に彼女の初エッセイ『ディア・ピョンヤンー家族は離れたらアカンのやー』も発売になる。こちらは、「世界中が泣いて笑ったドキュメンタリーの背景にある、梁英姫本人の歴史を追う、映画では描ききれなかったもう一つの『ディア・ピョンヤン』という物語」ということだ。

映像に、活字に、と大活躍の梁英姫。しなやかな感性とバイタリティあふれる行動力をあわせ持つ、素敵な女性である。ここだけの話だが、英姫嬢、すこぶるつきの美人でもある。時に天は人に二物も三物も与えたりするもんなんだな。映画も、エッセイも、ぜひ大成功してもらいたいものである。




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【2006/08/24 18:32 】 Diary | コメント(-) | トラックバック(0) |

昨日、久しぶりにスポーツ紙『日刊スポーツ』を買った。何も高校野球の決勝再試合の記事を読みたかったわけではない。もちろん、エッチな記事が読みたかったわけでもない! いつも持って出る通勤の友・文庫本を忘れたからである。ちなみに今は実家の本棚から失敬してきた『闇の傀儡師』藤沢周平著を読んでいる最中。話が佳境に入ってきたところだったので、通勤時間の読書を楽しみにしていた身としてはけっこう痛い忘れ物となってしまった。そこで仕方なく、W杯の時期に毎日買っていた『日刊スポーツ』を手にしたという次第である。ところが、これが功奏した。高校野球の記事を読み飛ばし、フットボールのページに差し掛かったときに、面白い連載を発見したのだ。そこには小学生の練習にも応用できるメニューとしてオシムの練習方法が紹介されていた。

ルールはいたって簡単。適当な大きさのグリッドを仕切り、その中で4対1のボール回しを行うというもの。イメージとしては以下の図1のようになる。
*◎がボールを回す側、○がそれを取りに行く側

          図1
             ◎            ◎


                    ○


             ◎            ◎


グリッドの頂点に4人が位置し、彼らが回すボールを1人のオニが取りに行くというものである。普通の4対1のボール回しなら、何と言うこともない。小学生レベルでもあまりボールを取られずに楽に回すことができるであろう。ところがここからがオシムの違うところ。このボール回しに、1.ボールを回す側は対角線上の味方にはパスできない。2.一度に2つのボールを使う。という約束事を設けてある。これがどういうことになるのか…。ボールを回す側は、図2のように常に2つのボール(● 印)を対角線上にキープしないとボールボールが回らないのである。

          図2
             ◎ →           ◎
             ↓ ●

                    ○

                           ● ↑
             ◎           ← ◎

図2の場合、ボールをキープしているプレーヤーには、対角線上のプレーヤーを除く2つのパスコースがあることが分かる。ところが、これが隣り合うプレーヤーでボールをキープした場合(図3)には、それぞれのプレーヤーのパスコースは1方向に限定されてしまうことになる。こうなるとボールを取りに行く側はたやすくボールを奪うことができる。

          図3
             ◎ →     ×    ← ◎
             ↓ ●           ● ↓

                     ○


             ◎               ◎


つまり、ボールを回す側は、ボールとオニ、味方を同時に視野に入れ、常に次のプレーを意識しながら、頭を使ってボールが常に対角線上に来るようにパス回しを行わなければいけないことになる。もちろん、技術的には小学生レベルでも十分に対応できるものである。でありながら、フットボールにおいて不可欠な、ボールと味方、敵のプレーヤーを同時に視野に入れてプレーすること、先、または先の先を読んでプレーすること、アイコンタクトや声をかけることでプレーヤー相互の意思の疎通を図るといった行為を要求されることとなる。なるほど、ね…。至極シンプルなのに、実によく考えられたメニューだと改めて感心。早速我がチームの練習にも取り入れてみようと思う。

『日刊スポーツ』では、これから数回にわたって、オシムの練習メニューの中から、こうした小学生レベルでも応用できるものを取り上げて、紹介していく予定らしい。W杯の時期に続き、またしばらく『日刊スポーツ』を買い続けることになりそうだ。え、今日? もちろん買いましたとも、はい。今日、紹介されていたのは、オシムの練習の独創性の象徴のように喧伝されている5色のビブスを使ったパス回しだった。これを我がチームの練習にいきなり取り入れるとなると、最初はかなりの混乱をきたしそうである。ビブスの色を3色に減らすなどのアレンジメントで、難易度を下げる方法を考えてみたいと思う。





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【2006/08/23 15:12 】 Kids & Kids' Football | コメント(6) | トラックバック(0) |

今日の朝刊に、子育てを通じて「父性」を支える神経回路が育まれるという仮説が紹介されていた。研究を行ったのは、米国プリンストン大学のグループ。グループは、雄が育児をする霊長類マーモセットに着目し、育児中の雄とそうではない雄の脳の領域を比べたという。

その結果、子育て中の雄は、バソプレシンという物質を受け止めるたんぱく質が増えていたことが分かったらしい。バソプレシンは「きずな」「情愛」などとかかわりが深い信号を伝える働きがあり、この物質を受け止めるたんぱく質を増やすと、1匹の雌を好み、他の雄を攻撃するようになったという報告がある。さらに、子育てをする雄は神経細胞の細胞同士がつながる構造も密度が高くなることが分かったらしい。そのことから、父と子のきずなが強まると、子育てにふさわしいきめ細かな神経回路ができていく可能性があるのではとの仮説を立てている。なるほど、子育てが父性を育むということか。子供を育てながら、自らも父親として成長していくというわけだ。

さて、自分自身を振り返ったとき、このバソプレシンとやらを受け止めるたんぱく質は我が脳内にいかほど存在しているのであろうか。相当量あるはずと自負したいところだが、家人から言わせると「欠乏症」ということにもなりかねない。「子供は父親の背中を見て育つ」ということでは済まされないような仮説が出てきたようだが、世の父親諸君、どうしますか?





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【2006/08/21 16:52 】 News | コメント(6) | トラックバック(1) |

明日から指導している少年サッカーチームの夏合宿である。例年わがチームでは夏休みのこの時期に1泊2日の合宿を行ってきた。これまでは泊りがけということもあって、合宿参加は遠慮させていただいていたが、今年からはチームの代表を務めている関係もあり、そういうわけにはいかない。

今年の合宿参加コーチは6名。今回は合宿場所が近所であるということもあって、そのほかに日帰りで参加してくれるコーチがやはり6名ほどいる。加えて役員さんが数名。子供たちが4年生から6年生の約40人。合計50人以上の大所帯となる。今まで他のコーチや役員さんたちが、これだけの人数を引き連れて合宿を執り行ってきてくれていたのだと、自分が責任者となってみて、改めてその苦労に頭が下がる。

合宿といっても、1泊2日の練習で子供たちのスキルが劇的に向上することはない。合宿の主な目的は、チームメイトとの親交を深めることにあると言っていいだろう。気温も相当上がると予想されるので、熱中症対策など健康管理に十分注意して、無事合宿を終え、夏休みのいい思い出になるよう手伝うつもりでいる。

思えば、俺が合宿なるものに参加したのは大学時代のサークル活動以来。だが、大学時代のそれは体育会のものとは違い、半分リクレーションのようなものだった。本格的な合宿となると高校時代以来ということになる。高校時代の夏合宿といえばとにかく体力的にきつかったことが思い出されるが、一方で自由時間や食事の時間など練習以外の楽しい思い出もたくさんある。皆で羽目を外して、先輩いびりや後輩いじめなどを楽しんだものである。県下ではかなり強かったわりには、上下関係のゆるい、仲のいいチームだった。

そんな経験もあって、今年の合宿では自由時間を比較的多めに設けた。あの餓鬼どもも親元を離れ、開放的な気分で大いに騒ぎ、暴れると思われるが、少々のことは眼をつぶる気でいる。昼間の練習を終えて、なおかつそれだけの体力が残っているのなら、それはそれで大したもの。むしろこの暑さと湿気にやられている俺の体力のほうが心配である…。


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【2006/08/18 18:50 】 Kids & Kids' Football | コメント(4) | トラックバック(0) |

夏休みも終わり、今日からいよいよ仕事に復帰。と言いたいところだが、これがまったく仕事モードに入らない。心身ともに、まっとうな社会生活に拒絶反応を起こしているようだ。

何しろ帰省先では、仕事のことなどまったく考えずに過ごしていた。毎日、子供の勉強を見てやり、お気に入りのうどん店を巡り、プールに通い、旧友と酒を酌み交わし、釣りをし、温泉につかり、夕食の買い出しと料理を楽しんできた。その間、携帯電話にかかってきた要件といえば、一緒に帰省することができなかった妻からの近況の問い合わせと報告が数件、少年サッカーの親善大会についての打ち合わせに関するメールが同じく数件あったきり。帰省1、2日前に充電した携帯電話は、未だにフル充電表示のままだ。

それが、昨日の昼過ぎ、新幹線のホームに降り立った瞬間に、それまでとはまったく違う世界にぶち込まれた。まず驚いたのが、異常なまでの湿気の多さ。帰省先では連日36度を越す暑さだったが、カラリとしていて、これほどまでの暑苦しさは感じなかった。夜となれば気温も下がり、クーラーなしでも実に快適だった。ところが、あの炎天下で元気に走り回っていた子供たちまでが、こちらに帰ってくるなり「蒸し暑い、じとじとする」と不快感を訴えてくる始末。夜中になっても湿度は下がらず、寝苦しい。おまけに大雨まで降り出す。ヒートアイランド現象を改めて実感する。おかげで、俺はたったの1日で夏バテ状態になってしまった。

加えて、出社すると取引先からの修正指示が待っていた。あのね、そこはそもそもそういうことで動いていたでしょ。それをそちらの理不尽な指示で変更したのに、また元に戻すわけ?いつもの嫌なパターンが早くも始まった。ま、いつものことで、休み以前より悪くなったわけではないか…、ってそんなことで自分を納得させてどうする!

今週末は少年サッカーの合宿もある。果たしてこんな状態で子供たちと一緒に走り回れるのだろうか…。ここはひとつ、久々にいつもの店で神聖なる水をガツンっ!と補充して、乗り切る以外にない。いつものように。



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【2006/08/17 13:32 】 Diary | コメント(6) | トラックバック(0) |

明日から夏休みを取って、1週間ほど帰省してくる。向こうでは、それに合わせて高校時代の仲間で集まって呑もうという計画が進行中らしい。楽しみである。高校を卒業して約30年。今でもことあるごとに集まって呑める仲間がいるというのは、ありがたいことである。今ではさすがに無茶な呑み方はできないが、大学時代は帰省するたびに、仲間たちと深夜の繁華街を千鳥足で徘徊したものである。懐かしい。

あの日も、いつものようにはしごして、みんな相当酩酊していた。何軒目かの店で俺が勘定を済ませて表に出ると、何事かあった様子。見ると仲間の一人mが強面のお兄さんたちに囲まれている。何でもふざけていて、お兄さんたちの乗る車の前に飛び出してしまったらしい。その車に乗っていたのが、運悪くその道の方々だったようだ。「いっぺん説教してやるけん、そこの車乗って事務所来んかいっ!」「すみません…」。車の前に飛び出した当のmは、完全にビビッている。「すみません。許してやってください」。「すみません。僕がこいつのこと押したんです。すみません」何とかお兄さんたちをなだめようとする仲間たち。「学生のくせに、ヘラヘラ酔っ払いやがって」「すみません…」「すんません、すんませんって、謝るんやったら、きちんと土下座して謝らんかいっ!」。反射的に土下座の体制をとるm。「ほらぁ、お前ら全員じゃ。皆で土下座せんかい」。このころになってようやく事態が飲み込めてきた俺も、仕方なく皆に倣って地面に膝をつく…、その時だった。「すみませんって、何べんも謝まっとるやろがっ!」。Mだ!仲間の何人かが、あわててMを取り押さえ、土下座の体制をとらせる。「こらぁ、放さんかっ!何で、俺らがこいつらに土下座せないかんのや!えっ!」。「ええけん!悪いんはこっちやけん、とにかく謝ろ」。彼を取り押さえようとする皆。それでもなお、仲間の手を振り切ろうとするM。「ほら、そこの威勢のいい兄ちゃんもや。ちゃんと土下座せんか」「…!」。何か言おうとするM。「Mっ!」。眼で訴える俺。ものすごい形相で俺を睨み返すM。次の瞬間…、Mは皆と同じように頭を下げた。

それで俺たちはようやくお兄さんたちから解放されたわけだが、それからがまたひと悶着であった。「Aよ、何であんなんに土下座せないかんのやっ!」。俺に激しく詰め寄るM。「しゃあないやろ。悪いんはこっちやし、それに相手はヤーやぞ」。「ほやけん、何でヤーにやらに土下座せないかんのや!ええ、言うてみいっ!」。Mの言う通りである。俺の中にも、忸怩たる思いが沈殿していた。返す言葉がない…。「Aは悪くない。悪いんは俺や」。拉致されかけたmである。「皆が土下座してくれたけん、俺も連れて行かれんかったし、誰も怪我せんとすんだんや。皆には嫌な思いさせてすまんかった…」。その言葉に、しぶしぶMは怒りの矛先を収めた。

その時である。1台の車が我々の近くで止まった。「すみません。この先の道は車通れますか?」。指差す先はアーケード街で、もちろん昼間は車は進入禁止であった。ただ、こうして夜中まで呑み歩いていると、時々その中を走行する車を見かけることがある。Mが答える。「多分通れると思いますよ」。その答えを聞いて、車はアーケード街へと入っていった。その車の後を追うように、俺たちもまた人通りのないアーケード街を次の店へと歩き始めた。と、突然Mがものすごい勢いで走り始めた。その先を見ると、先ほどの車が警官に止められている。やはり進入禁止だったのか…!俺たちもMの後を追う。

「すみません。この人たち悪うないんです。僕が、ここ通れるって言うたんです」。Mが警官に経緯を説明する。「あ、ほうな。そやけど、違反は違反やけんな」「すみません。免許証見せていただけますか」。Mに取りあわず、切符を切ろうとする警官。「ほやけん、この人たちは悪うないって、言うとるやろが!」。しつこく食い下がるM。「いや、いいんですよ。仕方がないです」。「すみません。僕が間違ったこと言うたけん」。Mと運転者のやり取りにかまわず切符に記入を始める警官。「こらぁ、何べん言うたら分かるんや!この人たちは悪うないって言うとるやろが!」。切符をむしり取ろうとするM。あわてて皆でMを取り押さえる。「切符切るなら、俺に切れや!」。って、お前免許持ってないやろ…。「こら!切符切るな言うとるやろが!」。「あのなキミ、これ以上邪魔すると公務執行妨害になるよ」。俺たちは運転者に謝り、抗うMを引きずってその場を離れた。「こら!ボケ警官!」「お前、そんなん捕まえて、何がおもろいんやっ!」「捕まえるんやったら、しょーもないヤーとか、捕まえんかいっ!」。Mの咆哮が無人のアーケード街にこだましていた。

ひと晩のうちに、ヤーサンとケーサツの両方に噛み付いたM。酔っ払うと何もかもいい加減になる輩とは違って、酔うほどに真っ直ぐなその心根が研ぎ澄まされていく、純粋な男。そんな奴らともうすぐ、旨い酒が呑める。



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【2006/08/09 13:57 】 Old Days | コメント(4) | トラックバック(0) |

今まで「好きな女優は?」と聞かれると、「夏川結衣」と答えていた。ヤクルトジョアや花王ソフィーナなどのCMや「私たちが好きだったこと」「死国」などの映画、最近ではドラマ「結婚できない男」にも出演していた女優だ。「夜がまた来る」での熱演はよかった。

そんな俺に、彼女以外に最近ちょっと気になる女優が。その名を松下奈緒。何でも「タイヨウのうた」というTBSのドラマに出演中らしい。ちょっと前にはCXの「トップキャスター」にも出ていたらしい。東京音大在学中で、マックスファクターのイメージキャラクターとしても活躍中とのことだ。

彼女を見たのは、TBSの朝の番組「はなまるマーケット」でのこと。ある朝、何気なくチャンネルを回していて見つけた。いつもは見ない「はなまる」をその日に限って、彼女が出ているコーナーが終わるまで見てしまった。

夏川結衣にしろ、松下奈緒にしろ、彼女たちのどこがどういいのか、自分ではさっぱり分からない。彼女たちが出演している作品もほとんど見ていないので、演技や役柄が影響しているとは思えない。単純に顔が好みなのか?それにしても、二人の顔や雰囲気にこれといった共通点も見当たらない。だけど、なんかいいのだ。とにかく、いいのだ。うん?いったい、俺は何を書いているのだ…。


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【2006/08/08 18:32 】 Woman | コメント(6) | トラックバック(0) |

金曜日から週末にかけて、プチ夏休みを堪能してきた。妻の実家での短い滞在ではあったが、地元の酒と魚を存分に味わったうえに、海水浴まで楽しんできてしまった。照りつける太陽のもと、思う存分水と戯れてきたのだが、そんな夏休み気分をぶち壊すような出来事がひとつ。

土曜日とあってたくさんの人でごった返す浜辺に、迷子を知らせる放送が流れる。「群馬県から来ている、黄色いキティの水着を着た○○ちゃんという女の子」という情報が臨時交番のスピーカーを通して何度も繰り返される。迷子といっても場所が場所である。水難事故の可能性が脳裏をかすめる。血眼になってわが子を探す両親の姿が眼に浮かぶ。「無事に見つかればいいのだが」と思いつつ、自分の子供からは絶対に眼を離さないように気をつける。捜索のものだろうか、上空をヘリコプターが舞う。

かなりの時間がたって、スピーカーから流れるアナウンスの内容が変わる。「先ほど、○○ちゃんを探していた○○さん、臨時交番までお越しください」。ん?見つかったのか…。それならそんな回りくどい表現はしないはず。まさか…。迷子探しのアナウンスに代わり、両親への呼びかけが繰り返される。

やがて、放送の内容が少しずつ変化する。「お越しになれないようでしたら、臨時交番まで連絡してください」「携帯電話が繋がりません。こちらの電話番号は、○○です」。どうにかして、両親と連絡を取ろうとしている様子がうかがえる。その口調には、無事、見つかったという安堵感はなく、かといって水難事故を思わせるような緊迫した感じもない。むしろ、心なしか少し苛立っているように聞こえる。推測するに、「現在、捜索を続けているが、そちらで見つけたようなら連絡が欲しい」ということのようだ。放送の内容は、いつしか子供の捜索からその両親の捜索に移っている。

ご苦労なことに臨時交番のスピーカーは、結局俺たちが帰るまで同じことを繰り返し呼びかけていた。そりゃそうだろう。警察としては、勝手に捜索を打ち切るわけにもいかない。経過時間からして、どうやら両親は○○ちゃんとやらを無事見つけてそのまま帰路に着いたのではないかと思われた。あの調子じゃ、浜辺から人っ子一人いなくなるまで呼びかけ続けていたんだろうな。

まったく人騒がせなものである。自分たちで見つけたなら見つけたで、まずは捜索を依頼したところに無事を知らせるのが常識というものだ。そういう常識も持ち合わせていない、いい加減な親だから、海水浴場で子供をロストすることになるのだ。お前らに海水浴など来る資格はない。


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【2006/08/07 16:33 】 Diary | コメント(4) | トラックバック(0) |

注目の亀田三兄弟の長男・興毅とランダエタのWBA世界ライトフライ級王座決定戦が昨夜行われた。TV観戦しようと思ったのだが、あえなく家族に却下され、チャンネル権を強奪されてしまった。ま、わが家での亀田人気なんてその程度である。というか、そのようなものは存在しないと言ったほうが正しいか。結局、家族のお目当ての『NARUTO』の放映が終わったあともチャンネル奪回は叶わず、どうにか最終ラウンドのみ観戦することができた。

試合は12ラウンドまで戦って、2-1の僅差判定で亀田の勝利という結果に終わった。この判定結果については、「不可解である」とさまざまな方面で議論を呼んでいるようだ。俺は試合そのものを見ていないし、ボクシングの採点についても詳しくないので、判定結果の妥当性についてはよく分からない。ただ、見ることができた12ラウンドだけに限って言えば、ややランダエタに分があったように思えた。事実、主審と副審1人は、9-10でランダエタにポイントを挙げていた。唯一、韓国人の副審だけが10-9で亀田の取ったラウンドとしていた。これが他の2人と同様に9-10という採点であれば、韓国人副審の判定は114-114のドローだったはず。最終回に帳尻あわせをしたと思えなくもない。この辺のことは、ボクシングに詳しい「魂のCM監督」さんに一度聞いてみたいところだ。

しかし、ボクシングにはこのようなホームタウンデシジョンは珍しいとこではない。敵地に乗り込んでのタイトル戦は、とにかく「倒さなければ勝てない」というのがある意味常識のようだ。そういった観点から見れば、辛くも判定に持ち込んだ亀田の勝ちというのも順当な(正当とは言えないが、よくある)結果とも言える。もちろん一部には、日ごろから判定の不透明さに不満を覚えているピュアなスポーツファン層からの声もあるのだろうが、やはり傍若無人な言動が論議をかもしている亀田の試合だったからこそ、ここまで多くの人を巻き込んでの論争になっているのだと思う。

俺の場合は、判定結果の妥当性よりも気になったことがあった。それは亀田が「負けたら終わり」という言葉を繰り返していたこと。その気概やよし。しかし、果たして負けたら本当に終わりなのか。もちろん無敗で世界チャンピオンまで辿り着いたボクサーはたくさんいる。しかし、それはあくまで少数派。負け試合を経験し、それを糧とすることでさらに強くなったボクサーの例は枚挙に暇がない。決して負けたからといってすべてが終わりになるわけではない。

これまで、亀田には世界チャンピオンでもないのにもかかわらず、パチンコの京楽産業やサントリーなどのスポンサードをはじめ、明治製菓やローソンの広告や販促キャンペーンなど、企業から莫大な金がつぎ込まれてきた。とりわけTBSの金のかけ方、偶像創造のやり方は尋常ではなかった。TBSは、亀田と同じ協栄ジムに所属していた鬼塚のときもタレントの片岡鶴太郎をセコンドに担ぎ出すなど、同様のキャンペーンを展開したが、今回はそれをはるかに上回る狂騒ぶりを繰り広げてきた。先走りする盛り上がりに、亀田が「負けたら終わり」という強迫観念を背負うこととなったとしても不思議ではない。しかも、TBSのキャンペーンの筋書きは、彼一人にとどまらず、今後の弟の大毅、和毅のベルト獲得まで織り込まれている。愛する弟たちのために、そして自らにつぎ込まれている金のために、ボクサーとしてではなく、祭り上げられた偶像として、負けてはいけないという立場に追い込まれていったのかもしれない。強い、弱いに関係なく、偶像が偶像であり続けるためには負けることは許されない。

噂によると、TBSは大晦日恒例のレコード大賞を30日に移してまで、大晦日に亀田の初防衛戦を放送する算段であると聞く。とにかく亀田三兄弟を食えるところまで食い尽くしてやるという卑しい魂胆が見え見えだ。今後亀田には、偶像としてではなく、真に強いボクサーとして、その存在価値を高めていって欲しいと思う。そのためにも、TBSには、少し大人しく黙っていろ!!と言いたい。


Feeded by morning star
【2006/08/03 13:11 】 Sports | コメント(12) | トラックバック(0) |

明後日の午後から、妻の実家に行く。そこでひと足先に帰っている妻と子供と合流し、日曜日までの短い夏休みをかの地で過ごすことになっている。

聞いてみると、旦那連中の中には、妻の実家が苦手という人が案外に多い。その逆もまた然り。居場所がない。することがない。理由はいろいろあるが、とにかく落ち着かないらしい。久々に娘や孫に囲まれて笑顔を浮かべている義父母から見ると、血縁のないのは自分だけということになる。このことが居心地の悪さに関係しているのかもしれない。これに義理の兄弟姉妹やその子供たちが加われば居心地の悪さはさらなるものになるらしい。ところが俺はと言えば、これがまったく気にならないのである。気にならないどころかむしろ楽しみでさえある。そうした神経の細やかさが磨り減ってしまっているのかもしれない。

義父は昔気質の人で、無駄なことはほとんどしゃべらない。毎晩のように二人で晩酌を酌み交わすのだが、お互い無言のままということも珍しくない。それでも居づらいという感覚はまったくない。本当に旨い酒が呑めている。無骨ではあるが優しい人である。対照的に義母は気さくで話し好きな人で、義父への愚痴もよく聞かされるのだが、それも嫌味がなく、聞いていて苦にならない。むしろ、面白い、楽しい。妻も、日ごろのストレスから開放され、すこぶる機嫌がいい。俺はといえばそんな中で、近所を散歩したり、寝転んで本を読んだり、みんなで小旅行を楽しんだり、いらぬ気遣いをすることもなく、普段とはまったく違う時間の流れを楽しませてもらっている。

そんな中で俺が特に楽しみにしているのが、夕食の買い出しである。妻の実家のあたりはとにかく魚が旨い。しかも、安い。夕方になると妻や義母と一緒に近くの大型鮮魚店に出かけるのが滞在中の日課でもある。これが楽しい。今の時期だと岩牡蠣か。プリップリであま~い、手のひらほども大きな牡蠣が1個200円ぐらい。これにはもう笑うしかない。こんなのを毎日あれこれと買い込んで夕食となる。その食卓はまるで船盛り状態。加えてかの地は酒がまた旨い。日本有数の酒処である。最近では日本酒を口にすることが少なくなった俺だが、このときばかりは義父に倣って辛めの少しキックのある日本酒をいただく。決して端麗とか淡口とか、そういう上品な酒ではない。地元の人が毎晩晩酌で呑んでいる普通の安い酒である。これがまた、旨いのだ。旨い魚に旨い酒。これで妻の実家が苦痛などといったら罰が当たりそうだ。

今回もまた、車のバゲージスペースに、クーラーボックスに詰めた鮮魚や野菜、そして日本酒を山のように積み込んで帰ってくることになるのだろう。


Feeded by morning star
【2006/08/02 16:20 】 Diary | コメント(9) | トラックバック(0) |

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